要するに

お上が歴史的に形成してきた結論が日本法であり、その理由付けに使っている法体系の方はガラクタであるというわけである。つまり、日本法は、憲法の論理にしたがって修正・改善されていくのではなく、背後の都合だけで揺れ動いている。たとえば、最高裁は絶対に、憲法31条を根拠にして抽象的な語句の使用を違憲としないだろう。なぜならその結論を許すと、お上の裁量を封じ込めることになってしまうからである。お上の裁量というのは現代日本の命となっている以上、最高裁自身がそこを自ら封鎖するようなことはありえない。憲法の理論からいうと、違憲として当然なのであるが、日本の論理は憲法理論ではなく、お上の都合だからこういうことになるわけだ。要するに、学問上の議論はほとんど無駄であり、学者は何の生産性もないことで飯を食っていることになる。