私が言っている大切な金というのはまさにその自然経済における生命維持に必要な分であって、必要以上の贅沢を行うための金ではありません。
まあ金などは生きていく上で困窮しない程度に足りていればそれで良いのであって、人間の本当の満足とはまた別次元のところに存在するのです。
金の多寡などは今や単に数字上の問題であり、金などというものを生き甲斐に出来るようなレベルの人はむしろ単純で幸せそうに見えます。真似は出来ませんが。

現代社会は不自然な人為がまるで恒久不変の自然原理であるかのごとく扱われていますが、これには無理があり過ぎる。
もはや人類は金や地位と言った低劣な価値観から卒業するべき時代に突入しているのです。しかしながら、有史以来人類が発展させてきたのは科学文明のみであって、精神論や哲学というものはむしろ退化すらしていると言っても良い位です。
アリストテレス、プラトン、ソクラテスと言ったギリシアの哲学者に比べて、今彼らと肩を並べられるだけの思想家が一体どれほどいるというのでしょうか?
ポストモダンのような訳のわからない相対化と口先のインチキが横行する現代は、詭弁家が横行した古代ギリシャや中国周王朝時代などと比べても大して変わっているとも思えません。これでは人類の精神性は有史以来一向に進歩していないと言わざるを得ません。